お仕事コラム

ことわざのこと。

緑がさわやかに萌える5月になりました。

お天気の移り変わりが激しく、朝は肌寒くても日中は暑いくらいの陽気になったりします。

急な気温差に、体調をくずされませんように。

 

さて、世界にはたくさんのことわざがあります。そのことわざは、どんなシチュエーションで誕生したのでしょう?

『急がば回れ』(いそがばまわれ)

●急ぐときには、危険な近道より、遠くても安全な道を通るほうが結局早い。安全で着実な方法をとれといういましめの言葉です。

■これは、実は琵琶湖のことなのです。東海道五十三次の草津から大津に向かうとき、船で琵琶湖を横断するほうが、瀬田の唐橋を経由する陸路よりも近かったそうです。

しかし、船旅は困難なもので、この地特有の比叡おろし(比叡山から吹き降ろす突風)により、船は転覆したり進まなかったりととても危険でした。

結局、地道に陸路を行くほうが、早かったそう。

ここから生まれたのが、『急がば回れ』。

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『覆水盆に返らず』(ふくすいぼんにかえらず)

●一度器からこぼしてしまった水は、もとの器に二度と戻らないように、一度してしまったことは、元の状態には戻せない、という意味です。

■中国の周の時代、呂尚という人が、一日中、読書だけして働こうとせず、貧乏生活が続いたため、妻は愛想を尽かして実家に帰ってしまいました。

ところがその後、呂尚は王に見出され、大出世して「太公望」と呼ばれるようになります。

それを知った元妻は復縁を迫りましたが、そのときに太公望は盆の水をこぼして、「これを元の器に入れることができたら、復縁しよう」と言ったことが、このことわざのはじまりです。

『弘法も筆のあやまり』(こうぼうもふでのあやまり)

●どんな名人上手でも、ときには失敗するという意味です。

■弘法大師はその当時、嵯峨天皇(さがてんのう)・橘 逸勢(たちばなのはやなり)とともに”三筆”といわれるほどの筆の名人でした。

あるとき、弘法大師は勅命によって平安神宮の「応天門」に設置する額に、文字を書くことになりました。

「応天門」と書き上げ設置したのはよかったのですが、よく見ると、「応」の字の点が1つ足りません。

驚いた弘法大師は、すぐに筆を投げて点を打ち、その場の人びとの喝采を受けたのですが、その後、あんな偉い人にも失敗があるものだと、都のうわさになったということです。

これは「今昔物語」に出てくる逸話です。

応天門

 

『漁夫の利』(ぎょふのり)

●二者が争っている隙に、なんの努力もなしに、第三者が利益を横取りし、得をすることをいいます。

■中国の戦国時代の史書「戦国策(燕策)」の故事に由来しています。

中国の趙(ちょう)が燕(えん)の国に戦争をしかけ始めたとき、燕の蘇代(そだい)が趙の恵文王(けいぶんおう)に次のような話をしました。

「今日、川でハマグリとシギがケンカをしていました。シギはハマグリの肉を食べようとしましたが、ハマグリはシギのくちばしを貝がらで挟んで応戦しています。

このように両者が譲らない争いをしているときに、そこにたまたま通りかかった漁夫が、シギとハマグリをつかまえて思わぬ得をしました。

いま、燕と趙が戦争になったら、漁夫は秦(しん)という国になります」

このたとえ話を聞いた趙の恵文王は、燕を攻めることを思いとどまりました。

『逆鱗に触れる』(げきりんにふれる)

●「上司の逆鱗に触れてしまい、2時間説教を受けた」などと使われますが、ご機嫌を損じたり、叱られることを意味します。

■中国には、古くから竜にまつわる諺や言葉がたくさんありますが、この逆鱗もそのひとつで、「逆鱗」とは、竜のあごの下にある一枚の逆さまに生えた鱗(うろこ)のことです。

この鱗に触れると普段はおとなしい竜が怒り、必ず殺されるという伝説から、君主の怒りを買うことを「逆鱗に触れる」と言うようになったようです。

出典は「韓非子」の中の説難篇(ぜいなんへん)にあります。

それによると、「竜はおとなしい動物で、人も平気で乗ることができる。しかし、そののどの下には、直径1尺ほどの逆さに生えた鱗、つまり逆鱗が一枚だけある。もし人がそれに触れたりするとそのときは怒って人を殺してしまう」とあります。

このことから転じて、上司や先生など目上の人に逆らったり、社長のご機嫌を損じると、激しい怒りを買うということで、「逆鱗に触れる」が用いられるようになりました。

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どうでしょうか?調べてみれば奥が深いことわざの世界。

言葉の奥にある物語は、歴史を感じさせてくれておもしろいですね。