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広島風お好み焼きと福山城。

寒暖差の激しいこの頃ですが、卒業・入学のうれしい話を聞いたり、桜の開花情報を耳にすると、いよいよ春の訪れを実感してきますね。

春ははじまりの季節。みなさんは、どんなスタートを切りますか?

 

先日、広島県福山市に日帰りで行ってきました。

広島県!ということで、「広島風お好み焼き」を食べました(*´∀`*)

広島焼き2

もちろん!間違いなくおいしかった!!

お餅とチーズが入っています(*´∀`*)

「広島風お好み焼き」のルーツは、「一銭洋食」(水で溶いた小麦粉に千切りキャベツや刻みねぎを載せて焼き、二つ折りにしてウスターソースを塗ったもの。大正時代、関西の駄菓子屋で売られた)からはじまります。

昭和20年代後半の広島では、戦後の復興が進みつつも、食料や物資が不足していました。

広島の人びとは、米軍から配給されたメリケン粉(小麦粉)で「一銭洋食」を作ったそうです。そこから、「お好み焼き」と名称を変え、その名の由来の通り、「好きなものを入れる」ということで、中華麺を入れ、ボリュームアップしてお腹を満たす、広島独特のお好み焼きが誕生しました。

昭和30年頃には、「西新天地公共広場」を中心に50件ほどのお好み焼きの屋台が軒を連ねました。その後お好み村、広島駅ビルなどに場所を替え、長きに渡り広島の食文化の成長を担ってきた「広島風お好み焼き」。

現在、広島県内には約2000店舗のお好み焼き屋さんが存在し、今なお日々、多くの人びとの胃袋を満たしています。

ところで、広島のお好み焼き屋の屋号には、「○○ちゃん」、という名前のものが多いのですが、これは、戦争で夫や父を亡くした女性が、女手一つでお店を開き、自分の名前を屋号にするケースが多々あったからとも言われています。

広島の食文化の発展は、戦後復興の歴史でもあると思うと、当時の人々の苦労や逞しさに、敬意の念を抱かずにはいられませんね。

 

福山市の史跡、福山城は、遠くからしか見られませんでした(; ・`д・´)

福山城

(どれがお城かわかりますか?笑)

福山城は、日本で最も駅に近いお城、と言われています。

すぐ隣に福山駅です(笑)

徳川譜代の大名水野勝成が、備後南部十万石の領主として1619年、この地に入り、当時、水戸や和歌山の徳川御三家でさえ認められなかった五層の天守を造営。西国大名への押さえとしました。十万石の城主の居城としては考えられないほど大規模な城でした。天守の北面には鉄板を張るなど強固に防衛を固めた城でしたが太平洋戦争で焼失。昭和41年に外観復元され現在は博物館として利用されています。

福山城2

低い丘陵を利用した平山城で、東・南・西に二重の堀をめぐらし、北には吉津川を通し、小丸山・天神山を天然の防塁としました。

ほぼ平地に建てられていて、福山駅の北口を出ると、目の前にそびえています。

新幹線の車窓からも日本的な風景をみせてくれる福山城。

次はぜひ、天守閣から福山の街を眺めてみたいです。