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ヒカリネッツからのお知らせ

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2021年10月08日

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今日は何の日。

お菓子メーカーの東ハトは、今日10月8日を「東ハトの日」としています。
東ハトの「キャラメルコーン」は昭和46年(1971)に販売が開始されたロングセラー商品。甘いスナックとピーナッツの塩味がおいしいですよね。
株式会社東ハトのルーツは、戦後の昭和24年(1949)、配給パンを製造する会社として創業しました。
その後、昭和27年(1952)に菓子メーカー「東京製菓」としてスタートしましたが、当時同名企業が多数存在したため、初代社長が好きだった「鳩」を社名に入れ「鳩印東京製菓」としました。
しかし当時、注文を受けるのは電報が主流。この長い社名だと、電報の料金が上がってしまうので、発注する問屋さんが、「トウハト」と略称して注文するようになったそう。その響きが良かったため、正式に社名に採用されたんだとか。
平成15年(2003)、不動産の負債から倒産の危機にも、食品事業は黒字経営だったため営業譲渡され、元プロサッカー選手の中田英寿さんを執行役員に迎え、再建に取り組みました。(2006年以降は山崎製パンの傘下にあります)
現在のキャラメルコーンのパッケージのデザインにも、中田英寿さんが携わっているそうです。
お顔がかわいいパッケージですよね( ´∀` )
戦後から日本の子供たちのおやつタイムを支えてこられた東ハトのお菓子。何が好きですか?

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2021年08月12日

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高知家。

雨模様のお盆となりました。西日本では豪雨の予報が出ています。くれぐれもご注意いただきますように。
さて、この時期高知では、約70年前から「高知よさこい」が開催されてきたのですが、コロナ禍により、昨年は初の中止。今年は規模を小さくして特別イベントとして行われる予定でしたが、近々の情勢から、またしても中止となってしまいました。
もともとは、戦後の復興のため、地元の商工会の若者が作ったお祭り。会場となる地域の商店街や、たくさんの高知県民の方の力で、全国から集まる踊り子や見物客を、熱烈に歓迎してくれます。
高知の人や町のあたたかさにとても元気をもらえる大好きなお祭り。鳴子が鳴らない町はさみしいと思いますが、町を復興させ、活気づけ、世界にその輪を広げてきた高知よさこいの力を信じています。
高知県には、県民のことを大きな一つの家族と考える「高知家」という言葉があります。ステキですよね。

熱気あふれるお祭りの再開を、楽しみにしています。
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2021年07月19日

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実食。

気温が上がり、夏本番を迎えましたね。
今年の夏も猛暑のようです。体調管理をしっかりとして、暑い夏を乗り切りましょう。

会社のゴーヤが食べごろを迎えたので、料理の上手な同僚さんがゴーヤチャンプルを作ってくれました。
ゴーヤの苦みがどうしても苦手で、今まで食べることを躊躇していましたが、このゴーヤチャンプルは本当においしかった‼
顆粒だしとオイスターソース、お酒、しょうゆで味付けするのだそう。

ゴーヤには熱しても壊れにくいビタミンCが含まれるほか、苦味成分であるモモルデシンは、食欲増進や、血糖値、血圧の低下に効果があるそうです。

ごはんが進むおいしいゴーヤチャンプル、ごちそうさまでした!
家でもチャレンジしてみようと思います。

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2021年07月13日

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あれから1か月。

むしむしと湿気の多い時期、暑さも本格的になってきました。熱中症のリスクも高まる時期です。マスクをしていると熱がこもりやすく、水分を補給するタイミングも減りがちになるそうです。意識して水分を摂ることを心がけましょう。
さて、前回ご紹介したゴーヤが、強風にも雷雨にも負けず、あっという間に窓の外を緑で覆い、立派なグリーンカーテンになりました。
実もたくさんついていて日に日に大きくなるので、毎日観察するのが楽しいです。
固い実が弾力を持ち始めたら収穫の時期なのだそう。そろそろでしょうか?
おすすめの食べ方はありますか?やっぱりゴーヤチャンプルかな?

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2021年06月11日

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グリーン。

今年は長梅雨との予報ですが、ここ2.3日は真夏日となり、急な暑さに体がついていかないですね。
この時期、油断しがちですが、熱中症のリスクも高まります。コロナ対策とともに、暑さ対策も重要になります。

さて、わが社の夏の風物詩であるグリーンカーテンのゴーヤが、日に日に成長しています。
毎日窓から観察していると、ちゃんと昨日より伸びています。
1日たつと、新しい細いつるがネットをつかんで巻き付いています。その過程に生命力を感じ、愛着がわいてしまいます。
もっとつるが伸びてたくさんの葉がつくと、窓の外は緑一色になります。
窓の外がグリーンに覆われると、日差しが遮られ、室内の窓際の温度は10度下がるそうです。
今年はいろんな種類のゴーヤを選んで植えてくれました。
写真のものは、巨大ゴーヤ。他にも、白いゴーヤも植えられていて、実がつくのが楽しみです。
さまざまな楽しみをくれるグリーンカーテン。豊作だと嬉しいです。

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2021年05月13日

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おかあちゃん。

6都道府県に発出されている緊急事態宣言が5/31まで延長になり、和歌山でも不要不急の外出自粛の要請が出されています。コロナの変異株は感染率が高く重症化しやすい上に、直近では若年層でも重症化する例も増えてきています。
自粛疲れも深刻な問題ですが、引き続き感染リスクを徹底回避していくことが、多くの人命を守ることにつながります。くじけずに自粛生活を乗り越えて行きたいですね。

さて、私はNHKの朝ドラファンなのですが、現在放送中の「おちょやん」というドラマが、今週いっぱいで最終回を迎えます。
杉咲花さん演じる「竹井千代」のモデルは、大正~昭和中期まで長く活躍した女優の「浪花千栄子」さん。彼女の生涯にはたくさんの試練が訪れますが、その人物像はとても魅力あるものでした。
実際の千栄子さんは、幼少期、弟が生まれて間もなく母が亡くなり、学校にも行けない貧しい生活を送っていました。父に後妻が来ると道頓堀の仕出し料理茶屋(劇中では芝居茶屋)にお茶子として奉公に出されます。
劇中では奉公先でかわいがられますが、千栄子さんはここでもつらい思いをしたそう。しかも父の借金が原因で京都に移り住むことに。ここで芝居に出会った千栄子さん。
やがて大阪に戻り、松竹新喜劇を起ち上げた「2代目渋谷天外(劇中では天海天海:成田凌)」さんと夫婦になり、20年もの間、松竹新喜劇の看板女優として、また座長の妻として劇団を支えてきました。
しかし天外さんが、劇団の若い女優とよからぬ仲となり、二人の間に子供ができたことをきっかけに離婚。千栄子さんは悲しみや怒りに押しつぶされ、劇団をやめて姿をくらましてしまいます。
京都でひっそりと過ごしていた千栄子さんですが、吉本興業の芸人「花菱アチャコ」さんがラジオドラマの相手役に千栄子さんを指名し、女優に復帰。
お茶子時代に培った品のある大阪弁と、二人の息の合ったかけ合いで、全国で「おかあちゃん」と親しまれ、その後は多くの映画やテレビドラマで活躍しました。
女優時代に嵐山の竹林に、自宅兼料理旅館の「竹生」を建て、娘さん(親戚の子を養子に迎えた)と、大好きな動物に囲まれて晩年を過ごしたそうです。素敵ですよね。
おまけエピソードですが、この自宅の庭の白い石の裏に「渋谷天外」と書いて、いつも踏んづけていたそう。女の恨みは怖いですが、気持ちはとてもわかります(笑)
どんなつらいことも「あの頃よりはマシ」と乗り越えてきた千栄子さんですが、天外さんの裏切りには、死も頭をよぎるほどでした。
そんな彼女を救ったのは、彼女自身の「女優魂」といえます。朝ドラで演じる杉咲花さんにも、鬼気迫る女優魂を感じます。
最終回…さみしい…!!

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2021年04月28日

お知らせ

マージン率等のインターネット上での情報提供

2021年4月1日より、マージン率等の情報を、インターネット上で提供することが原則とされました。
ヒカリネッツでは、厚生労働省の「人材サービス総合サイト」において、マージン率の情報を開示しています。

「人材サービス総合サイト」で検索し、情報のページよりご覧ください。

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2021年04月19日

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初めの一歩。

221年前の今日、伊能忠敬が「大日本沿海輿地全図」という日本国土を実測で測った地図を作成するきっかけとなる、現在の北海道沿岸への測量に出発した日です。
伊能忠敬は、勤勉な子供だったそうです。千葉県の佐原村(現 香取市)で酒造業などを営む「伊能家」に17歳で婿養子に入り、家督を継いで商才を発揮し、資産を蓄えました。
お金の使い方には細かかったそうですが、天明の大飢饉のときには多くの村人を救済し、佐原村からは一人も餓死者を出さなかったそうです。
50歳になった忠敬は、家督を長男に譲り、上京して大好きな天文暦学を「髙橋至時」に学びます。
正確な暦を知るためには、地球の大きさ、日本の大きさを知る必要があり、そのためには正確な子午線一度を計測する必要があると考えた忠敬の思いは、北海道沿岸を計測する国の事業(ロシアへの対策)として実現しました。
この旅に出たとき、忠敬は55歳。
測量方法は特別なものではなく、一点からもう一点に竹の先に房がついた目印を伸ばし、距離と角度を地道に計測。星の位置からの角度や距離でずれを修正するというもの。
気の遠くなるような作業ですね!忠敬の根気強さがわかります。
その後日本全土の沿岸部を、72歳までの17年をかけて10回の測量を行い、地図を完成させた伊能忠敬。実際に地図が完成したのは、忠敬の死後だったそうです。
しかも、開国前の日本はこの地図を国家機密として扱い、40年間公表されることはありませんでした。
精度の高さが世界に評価された伊能忠敬の技術。しかし忠敬はこの偉業を「名誉のためではない。自然天命である。」と言いました。
「人間夢を持ち、前へ歩き続ける限り、余生はいらない。」
純粋な探求心で歩き続けた伊能忠敬。初めの一歩はどんな思いで踏みしめたでしょうか。

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2021年03月17日

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14歳。

今日は甲本ヒロトさんの誕生日なのだそうです。
甲本ヒロトさんは、言わずもがな「THE BLUEHEARTS」(1985-1995)、現在は「クロマニヨンズ」(2006~)のボーカルです。
日本のロックシーンになくてはならない存在ですが、その偉大さを語ることは心にとどめます。
ヒロト(親しみをこめて呼び捨てで)は岡山で高校までを過ごし、大学進学を口実に上京します。その後、真島昌利(マーシー)と出会い、30年以上もバンドを組み続けています。
将来は親の世話になろうと思っていたヒロトに、マーシーは「お前はやればできる子なんだよ!」と叱咤激励し続けてきたそうで、友達がいなかったヒロトは「マーシーは特別な存在。彼の期待を裏切りたくない」と思ったんだそう。
曲作りのミーティング中にヒロトが大好きな特撮ヒーローのTVを見に部屋へ入ってしまい、怒ったマーシーが隣の住人にTVをあげてしまったエピソードがあります。
二人はプライベートでもとても仲良しで、一緒に東京ディズニーランドに行って、ヒロトがチップとの写真撮影の列に割り込んでチップに怒られてしまったという話も(笑)
ステージ上での心震えるパフォーマンスも、この二人の固い友情があったからこそ。これからもの活躍も楽しみです。

甲本ヒロトさんのことば
『僕がロックンロールに抱くものは、必ず「世の中はこうなんだ」っていう決まり事を壊してくれるもの。これは非常に破壊的で攻撃的な、悪いイメージじゃなくて「お前も生きてていいんだよ」って言ってくれる。「お前みたいなもんでもすっげえ生きてていいんだよ」って許してくれるのがロックンロールなんです』

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2021年02月19日

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プロレスの日。

今日、2/19は「プロレスの日」なのだそう。
これは、1954年のこの日、日本で初めてプロレスの国際試合が行われたことに由来しています。
力道山と木村政彦がタッグを組んで、カナダ出身のシャープ兄弟と戦った世界戦です。
当時、新橋駅西口広場の街頭テレビには、この試合を観るために2万人の群衆が押し寄せたそうです。写真を見ると圧巻ですよね(゚д゚)!

戦後の日本を盛り上げた力道山。
その素顔は、気性が荒く喧嘩も絶えなかったそうです(喧嘩が原因で39歳で亡くなっています)が、華があり、「人たらし」な一面も。
外国人レスラーを空手チョップで倒す姿は人気を博し、日本プロレスの礎を築いた立役者である彼は、「日本プロレス界の父」と呼ばれています。

力道山の名言をご紹介します。
~人間窮すれば通ずるものだ。手が使えなければ足を使う。足が使えなければかみついてでも試合はできる~
追い込まれた時こそ、見えることがある。あきらめなければ、意外な方法で活路が見いだせることもある。

かみつくのが正しいのかどうかは置いておいて、それも含めて力道山らしい言葉ですね。
絶対にあきらめない!という勇気をもらえる言葉です。